暫く主線を使わない方向で進んでいましたが、ちょっと主線を使う方法に立ち返ってみようと思っています。
一般に「主線」と呼ばれているものはイラストやデッサン等で普遍的に用いられていますが、これって写真や現実の視覚には現れない謎の要素です。
どうも境界を強調して認識する人間の脳が関係しているみたいですが、詳しい研究が存在するかどうかはちょっとわかりません。
そしてこの「主線」もまた長い間私の頭を悩ませてきました。
どうして現実に見えないものを絵に描くんでしょう?
脳が境界を作り出すなら、なおさら描かなくてもいいはずです。
しかしいろいろな絵を見ていると、どうもこの「主線」には人間に関する視覚的情報、例えば顔の個人差や表情、特に女性的な色っぽさややわらかさのようなものが乗っているようにも思えてきます。
電気のない時代、長い間暗闇の中で愛を囁きあった我々の祖先たち。
月明かりやろうそくのほのかな灯りの下で、人間は色を認識できません。色覚を持つ錐体細胞が働かず、色を認識できない代わりに僅かな光にも敏感な桿体細胞が働くためです。
それ故に子孫を残すための重要ないくつかの視覚的能力を進化させる過程において、色ではなく輪郭に重点を置くようになった・・・そんな仮説は無理があるでしょうか。
ともあれ、写真に存在しないのはもちろん、3DCG ですら苦手とする謎の要素「主線」。現実にないものだからといってあっさり避けて通るわけにはいかないみたいです。
物理学で計れないこの難しい要素とどう折り合いをつけていくか、答は全く見えません。
そして画像は相変わらず上手く行かない顔の習作です。右目を閉じているのは開けた状態が描けなかったから。
こんなとりとめのない考察に逃避しているあたり、今回のスランプは割と重症かもしれません(゚ー゚;)